自分の手が動くこと。
自分の足が動くこと。
「当たり前」と思っていませんか?
目が見え、鼻が匂い、口で食べられる。
そんなこと毎日毎秒、毎瞬間していることで、
当たり前だと感じることすら忘れているかもしれません。
ある日気づいたんです。「からだは私の奴隷ではない」ということ。
動くのが当たり前、自分のものなのだから、脳から指令を出してその通りに動く、それが人間の持って生まれたもの、当たり前のものだと思ってしまったら、体の働いてくれている部分たちはどう思うでしょうか?
自分が自分の手だったら、足だったらと考えたら、自ずと応えは出ると思います。
自分をつくってくれている「からだ」が、もしどこかでストライキを起こしたら。
あなたはあなたらしくいられますか?
ちょっと恐い表現になってしまいましたが^^;、
「お腹が痛い」とか、「頭が痛い」状態の時、
それはからだからの「ストライキ」のサインかもしれません。
痛いところを痛い、早く治れと思う前に、
「これまで無事に動いてくれて有難い」そう思ってみませんか?^^
絶好の機会が、「お風呂」ではないかと思います。
毎日、自分のからだと会話ができる時間。
足の先に「今日は歩いてくれてありがとう」そう思いながらすこし労ってあげる。
見えている部分だけではなく、内臓や脳みそだって、働いて、活動してくれています。
全ては「与えられたもの」。してもらっていることだと感謝して、一部分、一部分にありがとうを言わせてもらう。
体がそれで元気になることは、あなたにとっても嬉しいことではないでしょうか。
いつもありがとう、私を生かせてくれてありがとう。
そんな気持ちをからだに持つと、あなた自身が元気になるかもしれません^^
空村悠生

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